ベネズエラ・ビター・マイ・スウィート

ひとつ、イエニエビトを殺した人だけがそのことを覚えてる。
ふたつ、イケニエビトは殺してもたった数年でよみがえる。
みっつ、タマシイビトは人の記憶をむしゃむしゃ食べる。
よっつ、タマシイビトはイケニエビトを好んで食べる。
いつつ、イケニエビトの歌は遠い国からやってくる。
むっつ、イケニエビトは自然とこの世に紛れこむ。
ななつ、タマシイビトは歌声聞いてやってくる。

最近稀に見るレベルの良作。
MF文庫Jの新人賞、優秀賞だそうで。
こういう話が読みたかった!
なんといっても、百合の配合率の絶妙さは素晴らしい。
MFの新人賞といえば「この広い世界にふたりぼっち」も良かった。
あ、あっちの感想まだ書いてない。


神野には殺人の経験があるが、誰も被害者を覚えていないという。
その話を明海があっさり信じたのは、自分にも同じ経験があったから。
大切な人を殺めたのは、それが最善の方法だったから。
甦ったイケニエビトを中心に、彼等の日常は動き出す。
ちなみに舞台は京都市内ということで、個人的にポイントアップ。


余談ながら、挿絵の文倉十さんはホロの人。
表紙はともかく、相変わらずこの人の絵はどこか変。
かといって嫌いじゃあないんですが。

雰囲気的には「永遠のフローズンチョコレート」を思い出す。
共通点を挙げてみよう。

  • 萌えキャラ狙いな感じがせず、落ち着いた雰囲気。
  • 不死人の存在。
  • 冷めた物憂げな感じの女子高生の一人称。
  • 静かで甘くて苦い雰囲気。

後半はただの感想だけど。


一方違う点を挙げると、
「永遠の〜」は中途半端なまま終わってしまって、
そのままもやもやが残ってしまう(それも持ち味だが)のに対し、
ベネズエラ〜」はかなりすっきり。
まさに最後の一頁のためにある本!
……とまで言ったら確実に言い過ぎか。
ついでにちょっとホラー風味。
ていうか全然似てませんね。


帯や冒頭を読んだ限りでは、
最初は明海や神野がタマシイビトなのかと思っていた。
別にそれは意図したミスリーディングじゃないとは思うんだけど、
それを期待して買ってしまったのは事実。
だからこそ、「永遠の〜」と似てると感じたのでしょう。


自分達が殺した少女と再開し、
実祈が殺され続けるという運命を断ち切るための闘いが始まる。
とはいっても別に超能力的な要素は一切出てきませんが。
タマシイビトがやってくるまでに、
どれだけの準備が出来るのか、時間との勝負。
実祈を妹として迎え入れた明海だけれど、
音楽を通じて解りあっている神野へ嫉妬したりして可愛い。
だけどいつのまにかそれは嫉妬ではなくなっていて……
気付いた後の明海が凛々しくてでも乙女ちっくで。


それにしても、
「歌声聞いてやってくる」というタマシイビトの名前がカナとリア。
「唄を忘れた金糸雀は〜」の詩を思い出してしまった。
というか狙ってやってるんだろうけど。
でも、だとすると、「空腹」な彼女らが本当に求めていたのは
「歌声」という「記憶」だったということなのだろうか。
タマシイビトは、生き方を忘れたイケニエビトなのかも。
私はエピローグでの二人の科白にすごく違和感を覚えたんだけれど、
死の痛みを経験して、「思い出したから」と考えれば納得が行く。


無限の命を生きるうちに、死を睨んで生きるだけの気力を失い、
この世に紛れこむ能力を失ってしまった、
言わば死を忘れたイケニエビト。
タマシイビトがそんな存在に見えて仕方がない。
いきなり善人ぶりやがって……と違和感を覚えなくもなかったけれど、
ひょっとしたらそんな設定が隠されていたのかも。


そもそもあのエピローグがなければ、
本編中ほとんどお腹を空かせたままだったカナとリアは、
実祈たちが逃げ続ける限り食事にありつけないという
可哀そうな存在なんだよね。


尤も、一番の貧乏籤は最初から最後まで明海に近付いたものの、
当の明海からウザがられてしまい、
結局オチのための引き立て役にしかなれなかった広峰氏ではないかと思われる。
ん? でもあのラストシーンが彼の存在あらばこそのものであることを考えれば、
立派な道化師として称えなければならないのか?

ていうか表紙、なんでよりにもよって明海嬢がエレキ持ってんだろ。
確かにかっこいいけど、貴女弾かないじゃん。